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日曜美術館

Nec_5583うさん。。。詩人のまどみちおさんでした。芥川龍之介風の若いころ。目にいぼがっ。若いころから密かに絵が好きだったみたい。市川実日子さんの水玉の服可愛かったです。色合いとかも。50代のまどさんの絵。。。ルドンみたい。ピンクの薔薇の花みたいのが暗い中に咲いていて目玉の様。ちょっとおどろおどろしくて抽象画みたい。高度経済成長の時期に、ほのぼのとした詩の作風の童謡世界が合わなくてひずんでしまったみたい。その、ひずみの部分が絵になって吐き出されてました。ムンクの叫びもだけど、不安とか恐れとか心の葛藤とかって絵になるよね。つまり。。。絵って内的世界の外的解放だもんね。表現として。アートセラピーだよね。蓮の花が泥の中から咲くって話良かった。51歳から絵を描き始めるって情熱だよね。暗い情熱。暗黒のパッション。詩は仕事だけど絵は趣味だったのかな。もしも逆で絵が仕事なら、行き詰って書けなくなってたら詩をばーって書きなぐって本にしてたよね。詩に行き詰ったから絵で解放してたんだろうね。くくりの無い物っていうか。白い塊っていう海に沈む夕日みたいな絵がよかった。色による叙情歌っていうか。感性だけで生きたかったのかも。言葉の技巧的なものが嫌だったみたい。疲れたんだわ。たとえばさあ~。。。「暗いしじまの中に星が冴えわたるようにきらめいてる」っていう文章よりも「青い空に白い星が遠く小さく光る」とかのほうが単純で絵的かも。飾りすぎて文学的だと説明しすぎて映像が来ないんだよね。心のスクリーンに映像が映る感じの文章にしないと、感性がゆさぶられまてん。装飾しすぎるとアウトになるライブ感が命の文学世界だもんね。手紙も何度も書き直すとダメっていうよね。なので、その場の思い付きで書いちゃうわたしの手紙はライブ感いっぱいで、ヤバすぎるんだけど。笑絵の制作から離れてたころに書いていた色彩がとても明るいんだよね。なんかルドン的。目ん玉まっ黒ルドンが色彩あふれる花ルドンになったのと似てる。純粋性の獲得っていう言葉が印象的。しーんとして遠い物が好きだったみたい。自分の中の宇宙というか。自分の中の宇宙を取り戻してやっと絵から詩人に戻ってきました。回帰っていうか。表現の前に存在があるって言葉いいよね。これって、なんでもそうだよね。。。。たとえば、俳優でも、苦しんでいるときってのは、何か表現しよう、表現しよう。。。。として苦悩に陥るんだけど。表現の前に何もしないで、立っているだけで、その存在になる。醸し出すとか絵になるって言う感じ。いくら表現しようとがんばっても、存在自体が死んでいたらダメだもんね。たとえば、自然。。。。空は海は太陽はなんか表現しているだろうか?。。。してましぇーん。そこに、ただただ存在しているだけでーす。しかし、それをみた人々は、淋しくなったり元気になったり爽やかな気持ちになったりなんかしら感じ取るんだよね。それこそが、存在そのものの美なんだよね~。。。。ってことで、また来週でーす(^^♪

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